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臥龍の最先端研究

釣りと堀江由衣とラジオについての日記。

まどマギ論と何か

週刊SPA!の中吊りを見ていたら気になる見出しが

魔法少女にとっぷりハマった宮台真司、宮崎哲弥らが読み解く
大人気アニメ「まどか☆マギカ」の正体

私のニーズをピンポイントに捉えてるね。買いました。

まあ以前から言ってるんですが

まどマギはサンデルよろしく正義を論じる哲学的考察の題材になるなと

で、宮崎哲弥がその辺軽~く触れてるんですが(キュゥべえが宇宙功利主義であるとか、まどかに関する仏教的考察はへぇ程度に思いましたが

で、宮台先生ですよ。

この人が論じると話の落としどころが大抵『絆』って言葉に収束する事が多いんですが

というか、そういう題材を選んで論じてるんでしょうけど

今回はお誂え向きというか何と言うか

『まどか☆マギカ』っていろいろ考えさせられる話であると同時に

「宮台の解釈を聴かせてくれよ!」ってすごく思う作品ですよねw

宮台先生によれば、ツイッターにもチラッと書いてありましたが

セカイ系が行き詰った閉塞感を乗り越えた。

らしいです。

エヴァ越え。

向こう10年とかで利くようなレベルの話じゃないっぽいです。

詳しくはSPA!読んでください。

で、私がちょっと気になったのは

(前略)すでに一部の男性しか享受できなくなりつつあった、"クソみたい"なゼロ年代的深夜アニメに対するアンチテーゼとしての『まどか』だったのかもしれない。

文脈から察するに"クソみたい"とはハーレム系アニメとか萌え系アニメとか、美少女がたくさん出ているだけで中身の無い作品群のことだろうなぁと思うのですが

まあ確かにクソみたいというかクソですが

限られた紙面の文字数という中ではフォローできなかったのか

宮台先生からしたら本当に"クソみたい"というだけで終わっている程度の存在価値しかないのか分かりませんが

ちょっと酷い言い方だなとw

よしんばアンチテーゼであったとして、しかしその文化の中から生まれた作品であることについてフォローしておかないとアニメ文化の歴史的文脈を無視した考察になってしまう。

まあそんなタイソウナコトでもないんですが

やはり今までの(そしてこれからも続くであろう)クソみたいなアニメもまどマギも同じアニメ市場があって生まれたということ。

それは単に他の数多の凡作と同列に市場があるから興業として成り立つというだけの話ではなく

それらを製作する側の人間がその作品を作り上げる業を醸成した文化が

その他圧倒的多数のクソみたいな作品の中で作られてきたというすごい後ろ向きな書き方でもはや慇懃無礼でさえあるような文章になってしまったけど

やはりアニメ好きとしては一言でバッサリ「クソみたい」と切り捨てられては堪らないなと。

おそらく一部の男性がハァハァするような作品に携わってきた人たちだって制作側にいるでしょうよ。

例として分かりやすくシャフト作品として「なのは」を挙げようとしたけど

アレは一見萌え系キャラのガチバトルというギャップだけにフォーカスされがちだけど

アレはアレで正義と倫理、道徳に関するいろいろな重い主題を抱えてたね。

ひだまりスケッチは中身無いけど存在としての意味はあったな。と思うんだがどうか。


魔女と援交を結びつけるのは良くわからんw
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  1. 2011/07/13(水) 23:15:27|
  2. アニメ&ゲーム&声優|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
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コメント

間違えた。なのはは新房監督ではあるがシャフトじゃなくてセブン・アークスだった。
  1. 2011/07/14(木) 08:40:13 |
  2. URL |
  3. 臥龍 #bUOqhcfc
  4. [ 編集]

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