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臥龍の最先端研究

釣りと堀江由衣とラジオについての日記。

新劇場版・破 地上波放映とか

mixiにも書いたんですが

サハクィエルの形象崩壊シーンは3.11後に放映は無理じゃね?と思っていたら案の定カットされていました。

というか、かなり大胆にいろんなシーンカットされてましたね。

トウジがハズレ引くシーンとか切っちゃダメだと思うんだが…旧世紀版を知らない人が見ると単なる小さな伏線にしかならないからでしょうか。

さて

宇野常寛『夏休みの終わりに PLANETS SPECIAL 2011』って8月31日から全国書店で発売ということで

中身をここに書いちゃっていいのかなぁとも思いましたが

まあ、こんなどこの誰のものとも知られていない個人ブログなど影響は皆無でしょう。


震災と文化「父殺し(の不可能性)」から「父赦し」へ―3.11後の世界とその意味

宮台先生の特別インタビューです。

内容は私のような低脳では一読しただけでは理解できないというか、覚えきれないので割愛しますが

以前SPA!で語っていたエヴァを始めとする「セカイ系」が行き詰った閉塞感を「絆」で乗り越えた作品、それが『魔法少女まどか☆マギカ』だって話が詳しく書かれています。

話を理解するためには少なくとも『終わりなき日常を生きろ』を読まないといけないっぽい。

戦後からポストモダンへの大衆文化の変遷と社会情勢のかかわりについても全く知識が無いので私には何言ってんだかよくわかりません。

ただ、チラっと思ったのは

まどマギってそんなに高尚な作品だったのかwと。

ゲド戦記からコクリコ坂からへの宮崎吾朗の成長とか

任せて文句を言う社会から引き受けて考える社会へ、とか

コレだけ書くと強引な気がするけどちゃんと話が繋げて説明されているのがすげーなとw

製作側はそこまで狙ってないのに買いかぶり過ぎてないか?と思ってしまうくらい。

まあ受け取る側のレベルによって受け取れる許容の幅が違うということでしょうか。

もっと自力でいろいろ読み取れるようになりたいものです。

それにしても

その後の記事「魔法少女まどか☆マギカ」石岡良治×黒瀬陽平×坂上秋成×宇野常寛

のしょぼいことと来たら…

特に宮台先生のまどマギの評価を読んだ後だと、まどマギほどアニメの枠内で評価してはいけない作品は無いなと思う。のを思いっきりアニメ作品として評価してるので何とも。

まあそれは良いんだけどね。たかがというかされどというか、アニメ作品ですからアニメ作品として評価されて然るべきだとは思うんですが

アレか、評価に全く同意できないからか。

イヌカレーの評価も同意できないし

百合的要素の評価も何だかな…

総じて「上から目線で評価できるくらい俺たちわかってます」的な空気が伝わってくる。

それでいて話が浅い。

ブーメラン自爆。

そんなのはブログかチラシの裏でやれよと。金とって出版する記事のレベルとしては随分低い。

いつかガッツリ書いてみますか。

時間があれば。たぶん無い。やる気の方が。


新劇場版・破の話に戻します。

宮台先生は旧世紀版についての評価は書かれていますが、新劇場版をどう見てるんでしょうね?

私はどうしてもこの話の先にゲド~コクリコ間における吾朗の成長ではありませんが

「承認」とは違った結末を期待しています。

だからこその「新」劇場版だと。

破も中盤までは旧世紀版的な流れでしたが、最後ちょっと新しいなって思ったんです。

特に初号機暴走後のミサトの台詞の中とかに。

まあ期待させておいてあっさり裏切るのが庵野クオリティだったりするんで…
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  1. 2011/08/30(火) 00:00:00|
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