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臥龍の最先端研究

釣りと堀江由衣とラジオについての日記。

民主主義が一度も無かった国

昨日のSession22

ゲストに哲学者の國分功一郎と憲法学者の木村草太

テーマが民主主義はどうあるべきか

うつらうつらしながら聴いてたけどなかなか面白かった。


最近の住民投票ブームについて

木村草太曰く

憲法は国民の意思決定の手続きとして選挙しか規定していない。

憲法が規定していない方法で選挙で選ばらた議会の決定を覆すこと

それは憲法違反になってしまう。

だから住民投票をしても法的拘束力は無い、というよりも

議会は住民投票の結果に従わなければならない、とは書けない。

とのこと。

誰も説明してくれないからこの時まで何で住民投票の結果に法的拘束力が無いのか分からんかった。


辺野古の米軍基地設置について

木村草太曰く

やはり議会は住民投票の結果を尊重こそすれ従う義務は無い。

というのが冷たい憲法論。

但し、そもそもになるけど

例えば自衛隊の海外派遣が毎回国会で審議されて

法律として実施しているように

行政や立法にはそれぞれ役割が決められていて

自衛隊の海外派遣は国会の承認を経なければならない。

辺野古への基地建設はまるで行政の専権事項のように扱われているが

自衛隊の海外派遣と同じように国会での審議を通すことを憲法は要求しているのでは無いか?

しかし国会で審議したらどんな結果でも良いのかというとそうではなく

ある一地域に負担を押し付けるような内容である場合は

その当該地域の同意を得る必要がある、というのが、憲法95条に規定されているので

ここでようやく住民投票の出番となる、とのこと。

というか憲法95条を読むとばっちり書いてあるんですね。


國分功一郎曰く

民主主義を目的と勘違いしてる人が多過ぎる。

民主主義はあくまで物事を決定する手段であって

民主主義でなくてもみんながハッピーになれる政治手法があるなら民主主義で無くても良い。


確かに独裁や専制政治そのものが悪者として扱われていますが

それでも善政なら何も問題無い訳で

逆に言うと民主主義だから善政かというとそうでもない。


宮台先生がしばらく前にしきりに言っていましたが

日本は戦後民主主義が導入されたときに

「大事な事は皆で相談して決めましょう。皆で相談したんだからそうそう間違えることは無い」

と教えられてきたがこれは正しく無い。

キリスト教的な考え方から説明していましたが

必謬性に基づいて論じるべきだと。

可謬性ではなく必謬性。

人間は神ではないので必ず間違える。たとえ皆で相談したとしても、だ。

つまり民主主義は必ず間違える、ということになるけど、ならばどうして民主主義に頼るのか、というと

皆で決めた事だから結果が良かろうが悪かろうが自分達に責任が帰ってくる。

ダメな政治家がいればそのダメな政治家を選んだ国民に責任があるので

その責任を取るためには次の選挙でダメな政治家を落選させなければならない。

当たり前の話なんですがコレを理解している人が少ない。

選挙には行かないが政治が悪いとブー垂れる。

面倒事は他人に任せてオイシイとこだけ欲するフリーライダー的な考え方が蔓延していると。


住民投票の話で思い出すのは

中野剛志先生の話。

直接民主制なんて嫌だ、理由はポピュリズムの煽りをモロに受けるから。

だから選挙の際には個々の政策内容以上に人柄を見て投票する必要がある。

何故なら論点なんて一つに絞れる訳無いし

全ての論点について自分と全く同じ考えを持った人なんているわけ無い。

そんな中で投票行動に何が求められるかといえば

多岐に渡るいろんな物事を決めるならこの人に任せたい、というような人間性が鍵になると。


成人してから今まで選挙権はできるだけ行使してきました。

唯一使えなかったのは入院中に葛飾区議会と葛飾区長の選挙が終わってた、てことがあったときぐらいか。

いつも悩ましいのは

この人に任せたい、と言える候補者が一人もいないことなんだよなぁ…


昨日のQさまの学力王

飯田泰之と小西克哉が出てましたね。

飯田泰之の方はたまーに何かで写真を見たことがありましたが

小西克哉については初めて顔見た。

いつもラジオで声は聴いてたんですが。
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  1. 2015/03/24(火) 08:06:06|
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