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臥龍の最先端研究

釣りと堀江由衣とラジオについての日記。

環境権

今日のSession22

オープニングでチキさんが触れたニュースにびっくり。

公明党が環境権を加憲条項から削除を検討

このニュースについてチキさんは繰り返し

「まだ検討している段階」

と注意した上でこんな疑問を口にしてました。

チキさんは予てから公明党の「加憲」という立場に疑問を持っていて

番組で公明党議員に何度か質問をぶつけています。

内容は

何故「環境権」を「加憲」するのか

その疑問の下地には公明党の立場として

ただ「護憲」と言うと他の野党と一緒にされてしまう

また連立を組む自民党が「改憲」を党是としている以上何等かの形で憲法を弄る立場を保たないといけない。

でも本心では現行憲法は残したい。

ので憲法制定当時には想定していなかった新たな国民の権利を「加憲」する

という立場を取っているのではないか。

また「加憲」する内容が「環境権」というのも解せない様子。

以前Session22で木村草太(準レギュラー?)が

憲法は新しい概念にも対応できるように裕度を持って作られていて

「環境権」についても「法律」を制定して対応できるような仕組みになっているので

あえて現行憲法を弄らずとも保障できる内容である

というような解説も踏まえてのことだと思われます。

「環境権」よりも「プライバシー保護の権利」を優先して「加憲」するのであればまだ納得できるのに、とも。


今回チキさんの疑問は

「加憲条項から環境権の削除を検討」するに至った理由として

毎日新聞の書きっぷりを引用していましたが

「辺野古基地建設に伴いサンゴ礁が破壊されたことは環境権の侵害とも受け取れる。環境権が憲法に規定されていた場合(環境権を加憲する立場を維持した場合)政府方針と異なる立場になり政治が停滞する恐れがある」(要約)

こんな感じだったと思いますが

これに対してチキさんは

そもそも違憲訴訟や違憲判決は政治を停滞させるもの、停滞どころか方針転換を迫るものでなくてはならない。
政治が停滞するから、という理由で憲法に対するスタンスを変えていいのか?

ってな内容。


以前釣りクイズの際に

「釣りをするときは常に環境について考えているし、地球規模での環境問題も釣りを通じて考えている」

と言った趣旨の発言をしたところS本から「ちょっと頭おかしい」と言われた臥龍さんですが

私もこの公明党の方針転換には違和感を感じました。


自民党が自然破壊をするから環境権を取り下げます。

簡単に言えばこうですよね。

本気で環境権の制定に取り組むのであれば、こういう事態になったからこそ環境権の制定に尽力するモノでしょう?

環境権は口実であって本心は自民党と足並みを揃えたいだけというのは明明白白ですね。


私は先に書いた木村草太の「環境権は法律で対応できる」という解説を聞く前から

憲法に書かれなければ環境が保護できないのでは困る、と思っていました。

憲法に書かれようが書かれまいが自然は保護されるべきだし保護できなきゃオカシイと。


だから環境権という概念は理解できるし大切だとは思いますが

わざわざ憲法を弄ってまで規定しなければならないものではない、と思ってます。

思ってました。

が、自民党に足並みを揃えないといけないから環境権の加憲は取り下げるというのなら

むしろやれよ、と思ってしまう。

いや、やらなくていいけど。


メインセッションに入る前にチキさんは諫早のニュースについても触れていますが

そこでも環境権の話を持ち出してこんなことを言ってました。

今の諫早訴訟はどちらに転んでも国がお金を出す状態になっていますが、もし環境権が憲法に規定されていた場合はこの権利も侵害されたとして賠償額が増大しますよ。憲法というのは国民の国家に対しての命令な訳ですから、新たな権利が発生すればその分だけ侵害される権利が発生するので国に補償しろ、というのは当然ですよね。
今回の取り下げる態度から見てもそういうことまでちゃんと考えていたのかな?とは疑問に思います。

とのこと。


臥龍さん的にはもう一つ以前から違和感を感じることがありまして

環境権を憲法に加えるということは、環境権は人権の一つとして捉えられているということで

環境権を守るということは人権を守るということに他ならない訳ですね。

つまり人間のエゴです。

まあエゴだろうが何だろうが環境が守られるという結果だけを見れば良いことだと思いますが

どうしても「人のために環境を守る」という考え方に納得がいかない。

「自然が尊いからこそ自然を守る」

というのが臥龍さんの主たる考え方なので。


現在のプロフィールは左にあるように

「好きな野球選手は亀井善行」

と書いてますが

その前は

「自然を破壊しなければ人類は生きていけないというのであれば、人類は自律的に絶滅すべきだ」

的なことを書いてましたが、8割は上記の意味で本気で言ってます。

じゃあもう2割は冗談なのか、というとそうではなく、上記の文は反語でして

真意としては

「人類が存続したいなら全力で自然を保護すべきだ」

という意味です。

人類は自然の中で生かされている立場なので自然を破壊したら生きていけなくなるでしょ?

というエゴの意味合いを持っていますが

噛み砕くと、エゴでも目的が同じなら利用する、ということです。


ちなみによく

「人の命は地球よりも重い」

みたいなことを言う人がいますが、それを聞くたびに

「んな訳ねーだろボケ」

と思っています。

理由は2点。

1点目は地球上には約70億の人間が住んでいるので人一人対人70億人では

当然70億人の方が重いに決まってる、というもの。

2点目はたとえば地球と同じような自然豊かな環境の星に人類のような知的生命体がいなかったとして

その星と人一人の命とどちらが重いか?と聞かれても

自然豊かな星だろうな、と思います。

極端な話をすれば地球の豊かな自然は人類の生活や文化よりも尊いというのが臥龍さんの価値観なのです。


チキさんはあくまで政況的な背景と照らし合わせて政治の在り方として疑問を呈していましたが

辿り着く結論として

「環境権の加憲って本気じゃなかったんでしょ?」

という点では同じです。
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  1. 2015/03/24(火) 23:29:07|
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