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臥龍の最先端研究

釣りと堀江由衣とラジオについての日記。

掛け算順序問題

私が最初に「小学校で掛け算の順序を教えている」らしい噂を聞いたのはかれこれ10年以上前だろうか?

最近の小学校では例えば

りんごが3個入った袋が6袋あります。全部でりんごは何個ですか?

みたいな問題が出題された時

3×6=18→◯
6×3=18→×or△

と採点されるらしい。

こんな馬鹿な話があるか。

どっちも正しいに決まってる。

こんな馬鹿げた問題は直ぐに是正されるだろう。

そう思っていたんです。


が、

事態は現在進行形で燻っている。

燻っているどころか大炎上、というか、どうやら

「掛け算には順序がある」勢が主流になっている、なんて噂まで聞こえてきた。

いや、数学的に言えば確かに掛け算には順序がある。

しかしそれが初めて教育の場で現れるのは行列の計算を習う時だろう。

掛け算の順序とは何か、みたいな根源的な話をしようと思ったら

非アーベル群について説明しなければなるまい。

小学生で可換群や非可換群なんて概念を理解できる子なんて全体の1%もいないんじゃないか?

いたらそれは天才の類ですよ。

一般的な子供に理解させるなんてのは無茶な話。

しかし小学校の現場では事実、掛け算の順序を教えている。

動機は

先生が教えるのが楽だから

なんて話や

本気で文章題と立式には密接な関係がある、と信じている

てな理由まで聞こえてきた。

ヤバい。ヤバいね。

私(1984年生まれ)が小学校2年生で掛け算を習った時は確かに

掛け算に順序は関係ない

と習った、と記憶している。

九九の計算を9×9のマスに書いてn×nのマスを対象軸に

答えが線対象になっていることを見て

なるほど掛け算に順序は関係無いのだと理解したものです。


このクソみたいな問題

信憑性に疑問があることでお馴染みのWikipediaで調べてみたら

結構昔からある問題のようです。

どうやら1951年には同様の話が出てきているらしい。


教育の場ではしばしば「敢えて」嘘を教えることがある。

有名なところでは円周率など最たる例だろう。

私が初めて円周率を習ったときは3.14で習ったが、教科書には何て書いてあったかな?

厳密には3.1415926535…とどこまでも続いていく

ぐらいのことは書いてあった気もする。

肝心の「円周率とは何なのか」については教わった記憶は無い。

多分教わってない。

まあ、円周=2πrを習った辺りでπ=円周/2rが出てくるから何なのか察して?みたいな感じだったように思う。

また私よりも少し(?)若い世代になると

円周率=およそ3

と習っているはず。

しかしそれでも計算上、便宜的に3で計算しても正解とするだけで、本当に「円周率が3」とは習ってはいない、とも聞く。


このように小学校などでは数学のような厳密性を重んじる学問でも

日常生活で使えるように簡単に教えようとする「工夫」がしばしば見られる。

※社会など人文系の科目ではしばしば「本当に」誤った教育を受けることがあるが。
(例えば「民主主義とは皆んなで決めたことだから大体正しい」と教えられがちだが、基本的に民主主義だろうが専制主義だろうが人間が行うことは基本的に間違いである。民主主義が何故尊いのかというと、「自分達で決めたことだから自分達で責任を持たなければならない」点である。)

少し脱線しましたが

小学校では小学生でも理解できるようにデフォルメされた学問が存在するんですね。

まあ、そこに充分な理由があれば納得は出来ます。

また、厳密性を追いかけるばかりに実用性を見失ってしまうぐらいなら、「使える知恵」を学ぶべき、と思うのは工学部出身者故でしょうか。

ちなみに工学部の人間は、たとえ中身がブラックボックスであっても、決まった入力に対して決まった出力が返される装置ならば、原理は分からなくても「使える」と判断します。

一方で理学系の方々は、そのブラックボックスの中身がどんな仕組みなのか、そこを追究する人達なのかな、と思ってます。


で、掛け算順序問題ですが

ハッキリ言って

むしろ話をややこしくしているな。

としか思えない。

だって文章題の書き方如何によって如何様にでも組み立てられるし

そもそも

数式に意味がある

ような錯覚を持たせてしまうこと自体が後々不利益だと思いますね。

だってそうでしょう?

数学なんてリアルなイメージを持って計算しようとしたって無理ですよ。

ヒルベルト空間をイメージして計算とかもうそれは人間では無いのではないか。


そんなイメージ出来ない計算どこで役に立つねん!みたいなことを思う人もいるかも知れませんが

例えばコレが現実の物理現象を睨んだ時であっても

皮相電力とか無効電力とか

ベクトルでイメージすることは出来ても物理現象としてイメージすることは困難じゃないですかね?


算数でも文章題を数式化する際には数字に意味を持たせない抽象化が必要なんでは無いかな、と思うんです。

いや、コレが距離と速度の話とかになると割り算が絡んできたりして計算の順序が必要になったりするのか。

コレはもう「交換法則」を小2に教えるしか無いのでは?


先のWikipediaのかけ算順序問題のページ

志村五郎先生(谷山-志村予想でお馴染みの)までもが言及していらっしゃるようで

そのご意見が

「無駄なことを考えさせている」

いやもう全く仰る通りですわ。

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  1. 2023/12/02(土) 10:44:03|
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